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【チーム紹介】1980年代のNBAを支配した史上最強チームの一角:ボストン・セルティックス

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1980年代セルティックス王朝時代を支えたBIG3

1979年にラリー・バードがドラフト後にチームに参加した翌年にセルティックスは彼を支える相棒たちとして、ケビン・マクヘイルとロバート・パリッシュという2人の歴代選手を獲得しました。もちろんこのBIG3体制がセルティックスの王朝時代を支ええたことは確かですが、特に大きくチームに貢献したバードとマクヘイルは歴史を見ても屈指のデュオでした。今回は、バードとマクヘイルがデュオとして成し遂げた実績とそこに至るまでのプロセスを紹介していきます。

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若いチームの躍進~バードのMVPシーズン

バードにとっての1年目、彼のの活躍のおかげで前年29勝53敗と低迷していたチームは61勝21敗まで成績を伸ばしました。その結果バードは新人王に選ばれルーキーながらオールNBA1stチームに選出され9年連続で1stチームに選出されることになりました。プレイオフでも躍進を続けたセルティックスはカンファレンス・ファイナルまで進みましたが、76ersとの対戦では1勝4敗で敗退しました。

翌シーズン、チームはケビン・マクヘイルとロバート・パリッシュをチームに加え、さらにフロンコートの厚みを増したチームは成績を伸ばし62勝20敗の成績でプレイオフに進出しました。この年マクヘイルはシックスマンとしてプレーし、ベンチ選手としては珍しいオールルーキー1stチームに、パリッシュはオールNBA2ndチームに選出され、リーグ最高級のスターパワーをチームはそろえていました。プレイオフでは1回戦でブルズを下し、2回戦では前年敗北したシクサーズを第7戦で破り、ファイナルではバードのスーパープレーによってロケッツを4勝2敗破って5年ぶりのリーグ優勝を成し遂げました。

1981~1983年までの間チームはバードを中心とした層の厚いチームでしたが、プレイオフではライバルのシクサーズに阻まれるシーズンが続きセルティックスはファイナルに進出することはありませんでした。

1983~1984シーズン、前年にオールディフェンシブ2ndチームに選出されたほどのディフェンス力でマクヘイルはベンチから出てくる選手とて最高の賞であるシックスマン賞を受賞するオールスター選手に成長しました。バードもこのシーズン、チームを62勝20敗まで導き初のシーズンMVPになりました。プレイオフではライバルのマジック率いるレイカーズと第7戦までもつれる激戦を制し、セルティックスは3年ぶりに優勝しました。

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悔しい敗北~バードの絶望

ディフェンディングチャンピオンとして挑んだ翌シーズン、セルティックスは優勝した勢いのまま63勝19敗の記録を残し、バードは2年連続MVP、マクヘイルはシックスマン賞を受賞し、連覇を目指してプレイオフに進出しました。この年のファイナルは2年連続レイカーズとセルティックスのカードとなり、リベンジに燃えるレイカーズとマジックはセルティックスを第6戦で破りアウェイながらリベンジを果たし優勝を決めることになり、バードとチームはホームで優勝を奪われた悔しさを味わうシーズンになりました。

1985年~1986年、リベンジを目標にチームはかつてのMVPビル・ウォルトンを獲得しさらにフロントコートの戦力を補強しました。チームは思惑通り成績を伸ばし67勝15敗を記録しバードは史上3人目となる3年連続シーズンMVPになりました。プレイオフでは11勝1敗でファイナルまで駆け上がり、4勝2敗でロケッツを破り優勝しました。もちろんファイナルMVPにはバードが選ばれました。

次シーズン、チームはウォルトンをケガで失い戦力が低下したチームは成績を落とし59勝23敗を記録しました。プレイオフでは危ない場面が多く、特にカンファレンス・ファイナルのピストンズ戦ではバードの歴代プレーにもよく出てくるスティールに助けられ、ファイナルに進出し、レイカーズとの対戦になりました。このシリーズも激闘になりましたが第6戦で敗れ、バードとマジックのライバル関係は続いていましたが、このシーズン限り2人が直接ファイナルで戦うことは無くなりました。

1987~1988シーズンにはチームの中心選手の高齢化が顕著になり、ウォルトンがケガによりまともにプレーできなくなったせいで、バードの負担は大きくなりました。プレイオフでもチームを引っ張ったバードはカンファレンス・ファイナル、ピストンズとの対戦で4Qのみで20得点を記録するというパフォーマンスを見せますが、第6戦で敗退し、ファイナルに進出することはできませんでした。

翌シーズン、バードはかかとに出来た骨の突起を除去する手術を受け、出場試合はわずか6試合にとどまり、中心を失ったチームはマクヘイルも昨シーズン手術を受けた足のケガが完治していないマクヘイルとパリッシュの踏ん張りもあり42勝40敗の勝率5割をなんとかキープしプレイオフに進出しましたが、バードを失った穴は大きく全く歯が立たずに敗退しました。そしてこのシーズン後バードは背中の手術を受け、引退の時が近いことが明らかになっていきました。

そしてチームとして低迷が始まりだした1990~1991シーズンを経てバードは復活をかけて練習や試合に取り組みましたが、1991~1992シーズン開幕前に親友でありライバルのマジックがHIV感染を理由に引退を表明し、彼の引退によってバスケをする熱意を失ったバードは1992年に引退を表明しました。そしてバードの引退に続くように1993年マクヘイルも引退を表明し、1994年パリッシュがホーネッツに移籍しBIG3は完全に解体され、チームは低迷期を迎えることになりました。

まとめ

いかがだったでしょうか。セルティックスの歴代最強チームの紹介をしていきましたが、バードの話が大半になり、彼のインパクトの大きさを再確認したトピックでした。バード以外にも彼を支えた最強の相棒のマクヘイルやパリッシュ、ウォルトンなどの選手たちもチームの成功に欠かせないファクターとして素晴らしい活躍をしていました。

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